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~神謡に舞姫は開花を願う~ 9

last update Last Updated: 2025-11-28 11:25:33

「仙哉、さま……?」

「義弟(ゆうりん)から貴女が花嫁じゃないと知って、心底安心しました。これでも僕は狗飼の人間です、多少の不思議だったら目を瞑ります。まぁ、今回自分が犯してしまった罪の深さに目を瞑ることはできませんが……」

 たしかに彼は闇鬼に憑かれる弱い心を持っていた、だからオリヴィエに利用され、幽鬼にさせられ、他人を傷つけた……けれど、自我を取り戻した彼は、その事実を否定することなく、まるごと受け止めて、それでいてカイジールに伝えようとしている。

 自分が心の裡に抱く、ひとつの気持ちを。

「慈流どの。初めてお逢いしたときから、僕は……」

「知ってます」

 カイジールは顔を真っ赤にした仙哉の前でくすりと笑う。ああ、まだ自分は笑える。女王陛下が海の泡に消えてしまったというのに。まだ自分は生きている。オリヴィエの名を継いで彼女のために消えるために女性になったというのに。笑ってしまう。

 けれど悔やんでばかりでは何も進まない。幽鬼であったことを受け止めカイジールに想いを伝えた仙哉のように、自分も動きださなくては。

「ボクは、いままで男だったんですよ」

「知ってます。人魚って、そういうものでしょう?」

 慌てて返せば仙哉は飄々とした表情で言葉を紡ぐ。もはや種族が違うから、なんて理由で想いを諦めることはできないのだと。

「……考えさせて」

 いまはまだ、彼に是とも否とも言えない。

「勿論ですよ。ただ、僕がこの気持ちを伝えるのを待てなかっただけですから」

 朗らかに笑う仙哉を見て、カイジールはこくりと頷く。

 オリヴィエとバルトはたしかに愛し合っていた。だから道花がいる。たとえ彼女が生まれたことで愛が破綻してしまったとしても、ふたりの間には確かに種族を越えた愛が在ったのだ。

 もう、セイレーンという国はない。人魚が国を統治する女王も必要ないのだ。残された人魚は人間と共存の道を探っていくしかない。

 カイジールにとって、仙哉の告白は、戸惑いと高揚に満ちている。さっきまでは、セイレーンに戻って穏やかに暮らせればそれでいいと思ったけれど、このままかの国で仙哉が死ぬまで傍にいるのも悪くない気がしてきた。どうせ人魚の寿命は長いのだ、女王陛下を偲んで海に暮らすのは老後にとっておいてもいい。

 そう考えて、カイジールはもっと考えてみようと決める。人魚と人間の共存につい
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  • 少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく   ~神謡に舞姫は開花を願う~ 7

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  • 少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく   ~神謡に舞姫は開花を願う~ 6

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